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2019年08月29日(木)

みつばちの歴史

みつばちは、花粉や花の蜜を集める蜂です。集めた花蜜は巣へ貯蔵され、濃縮・熟成することで私たちが口にする「はちみつ」となります。 今回は、みつばちの歴史についてご紹介します。
【人間がはちみつを食べ始めたのはいつ頃?】 はちみつを採るためにみつばちを飼育する養蜂(ようほう)が始まったのは、ローマ時代に遡ります。巣箱(養蜂箱)でみつばちを飼うことで、巣を持ち運べるようになりました。 それまでは、長い間「旧式養蜂」が行われていました。 みつばちが作った巣を燻して巣からはちみつを採取していたのです。 この様子は、スペインのアラニア洞窟の壁画に描かれています。 この壁画が描かれたのは紀元前1万5千年と言われているので、人間は紀元前よりはつみつを食べていたということになります。 また、古代エジプトの壁画にもはちみつを壺に入れている人物が描かれていることから、紀元前3000年頃から人間とみつばちは深い関係にあったと言えそうです。

【日本で養蜂が盛んになったのは明治時代

日本書紀には、643年に養蜂についての記載があります。 「是歳、百済の太子余豊、蜜蜂の房四枚を以て、三輪山に放ち養ふ。而して終に蕃息らず。」とあることから、この時の養蜂は失敗に終わったようです。 奈良時代や平安時代には、はちみつが献上品として献上されていたという記録があります。 しかし、本格的に日本で養蜂が始まったのは明治時代に入ってからです。 明治時代になると、養蜂に適した西洋みつばちが輸入されるようになりました。 それまでは献上品として崇められていたはちみつですが、収穫量が増えたことから市場に出回るようになりました。
西洋みつばち日本みつばち違いは?】 西洋みつばちは、自由きままに蜜を集める日本みつばちとは異なり一種類の花から集中的に蜜を集める習性があります。 一種類の花の蜜を集めることによって、「レンゲのはちみつ」や「アカシアのはちみつ」など味のバラつきの少ないはちみつが生産できます。 西洋みつばちが輸入される前までは、紀州藩が日本みつばちによる養蜂を行っていました。 しかし、西洋みつばちの蜜を集める量が日本みつばちより多いので、西洋みつばちに切り替えたと言われています。 また、西洋みつばちはオオスズメバチが天敵であることから、野生では生息できません。人間がオオスズメバチから西洋みつばちを守り、 西洋みつばちは人間にはちみつを提供するというwin-winの関係が成り立っています。
【まとめ】 みつばちは、紀元前から人間へはちみつを提供してくれていました。 西洋みつばちが輸入されたことで、はちみつが庶民でも味わえるお手頃な値段になりました。はちみつが愛され続けているのは、こうした歴史的背景があるからなのですね。
  参考にさせていただきました。 ありがとうございます。 http://www.beekeeping.or.jp/beekeeping/history/japan http://www.beekeeping.or.jp/beekeeping/history/world https://www.bee-lab.jp/megumi/honey/history.html https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%8A%E8%9C%82 http://pcela.rs/Egyptian_Beekeeping_1.htm https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%A8%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%83%84%E3%83%90%E3%83%81